家事を自動化するなかであえて残した一つの不便

キッチンで朝の支度をしている手元

家事を減らす方向でいろいろ試してきましたが、ひとつだけ意図的に自動化していないものがあります。朝のコーヒーを豆から挽く工程です。全自動の機械を使えば省ける手間を、あえて残しています。

効率化しすぎて一日の輪郭がなくなった

きっかけは、家事の自動化をひととおり進めた時期に感じた違和感でした。掃除も洗濯も食器洗いも機械に任せて、確かに時間は空いた。ところが、朝起きてから仕事を始めるまでの間に何もすることがなくなって、一日の始まりがぼんやりするようになったのです。

時間が空いたぶん有意義に使えるかというと、実際には画面を眺めているだけでした。効率化の目的が、空いた時間で何をするかとつながっていなかったのだと思います。

残す不便を選ぶ基準

そこで、手を動かす工程をひとつだけ残すことにしました。選ぶときに考えたのはこのあたりです。

  • 毎日あって、時間が決まっているもの
  • 5分以内で終わるもの。長いと負担になる
  • 失敗しても困らないもの
  • 結果がすぐ分かるもの

この条件に合ったのが豆を挽く工程でした。3分ほどで終わり、多少雑でも飲めないほどにはならず、香りという分かりやすい結果がその場で出ます。

やめた工程は迷わずやめる

誤解のないように書いておくと、他の家事を手作業に戻したわけではありません。むしろ逆で、残す不便を一つに決めたぶん、それ以外は遠慮なく機械に寄せています。

洗い物は乾かす工程ごと見直し、掃除は道具の配置を変え、洗濯は干す時間を減らす方向で組み替えました。全部を手でやるか全部を任せるかの二択で考えていた頃より、生活の手触りが良くなっています。

不便をゼロにするのが目的ではなかった、というだけの話でした。どこを楽にするかと同じくらい、どこを残すかにも選ぶ余地があります。時間帯の組み替えについては電気を使う時間をずらした記事にも書きました。

家族には理解されなかった

正直に書くと、この考え方は家の中であまり支持されていません。「機械があるのになぜ手でやるのか」と言われれば、確かに合理的な説明はできないからです。時間を節約したいのか、したくないのか、どっちなんだと言われると返す言葉がありません。

それでも続けているのは、実際に朝の調子が違うからです。数字で示せる効果ではないので押しつけるつもりはなく、自分の分だけ手でやることにしています。押しつけないぶん、続けるのも楽でした。

残す工程は入れ替えてもいい

もう一つ決めているのが、残す不便を固定しないことです。飽きたり負担になったりしたら、別の工程に入れ替えるか、いっそ全部やめてよいことにしています。

実際、以前は食器を手洗いする工程を残していた時期がありました。こちらは量が日によって変わるうえ、疲れている日ほど増えるので長続きしませんでした。毎日ほぼ同じ量で終わるかどうかが、続く工程と続かない工程の分かれ目だったように思います。

効率を上げること自体が目的化していないか、たまに確認する仕掛けとしても機能しています。

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